ニューヨーク生まれる。腹話術という芸能の創造者エドガー・バーゲン(キャンディス・バーゲンの実父)のラジオ番組に影響を受け、腹話術を志す。フランク・シナトラやスリム・ゲーラードらを輩出した「Major
Bowes Original Amateur Hour」で腹話術を操り優勝して、ラジオ番組のレギュラーとなり、人気を博す。48年にテレビ番組「The
Bigelow Show」、50年からは「The Paul Winchell and Jerry Mahoney Show(The
Speidel Show)」「Winchell Mahoney Time」にレギュラー出演し、大人気となる。50年代に2体の人形を屈指した腹話術で一世を風靡した。その後、ハンナ・バーベラ製作のアニメーション「宇宙家族ジェットソン」に声優で出演し、以降「チキチキマシン猛レース」「原始家族フリントストーン」「ほえよ!0011」「いたずら動物天国」などに出演。ディズニーのアニメ映画「くまのプーさん」では、トラのティガー役を68年から長年勤めていた。74年にはプーさん映画の歌でグラミー賞を受賞した。発明家でもあり、初期の人工心臓や使い捨てカミソリ、火なしライターなど30もの特許を持っており、これらのパテントで億万長者となった。また59年にはコロンビア大学に通い、鍼灸医学博士ともなっている。鍼灸医、催眠術士としても著名で、パテント料から教育機関へ多額の寄付を惜しまず、後輩の育成に尽くした。女優のエイプリル・ウィンチェルは実娘。ロサンゼルス近郊の自宅で老衰のため死去した。
インドのムンバイ・マハラシュトラ生まれ。58年にニュー・ヨーク大学に留学。
ショートフィルム「The Creation of Woman」を1961年に監督し、これがアカデミー賞のショートフィルム部門にノミネートされた。その後、USCで映画を学び、ショートドキュメントを撮っていたジェイムズ・アイボリーと出会い、マーチャント・アイボリー・プロダクションズを設立し、『新婚生活』を製作する。以後、アイボリーと生涯パートナーシップを続けるその後、『ローズランド』(1977年)、『熱砂の日』(1982年)、『ボンベイの踊り子たち』(1982年)などを共同で手がけ、『眺めのいい部屋』(1986年)で、脚本賞などのアカデミー賞を受賞。『ミスター&ミセス・ブリッジ』(1990年)、『ハワーズ・エンド』(1992年)、『コットン・メリー』(1999年)を世に送り出した。ロンドンの病院で死去。
アダム・サンドラーの師匠筋にあたるアメリカ・コメディ界の重鎮。チェビー・チェイス主演のコメディ『ボールズ・ボールズ』(1980年)、『バック・トゥ・スクール』(1986年)、『ナチュラル・ボーン・キラーズ』(1994年)、『キャスパー』(1995年)などにの映画にも出演している。「I
can't get no respect」のギャグで一世風靡し、1981年、アルバム『No Respect』でグラミー賞も獲得している。近年はカルト的ともいわれるラエリアン・ムーブメントのクローンエイド計画に賛同して、話題となった。